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「村の老いを支えて」 I医師の17年の軌跡
信州0村は5人に2人が高齢者である典型的な高齢化社会の村ですが、I医師は村の診療所の医師としての立場の他に行政官としての立場を得、地域の「包括医療」を目指していました。包括医療とは、地域の中で医療者の他、ケア担当者(看護師、ヘルパー、保健師等)が事例を中心に、スタッフの意識の共有を目指して話し合う場でもあります。この制度により、訪問看護が活発になった例もあり、住民自治による態勢が出来上がってきていました。
医師は立派な医師であると同時に優れた行政官でもあり、医療・看護・保険・福祉が合体してこそ良い地域医療が提供出来るとする立場を貫きます。
「行政に入ると、診療所長としての立場より包括医療がやり易い。行政の力を借りて支えるのがいい」と。
O村ではこの「包括医療」を10年掛りで進め、自宅で最期を迎えたいお年寄りを17年間で350人看取ってきました。
しかし、これは、O村の行政組織だからこそ出来てきたことで、全国的にはかなり珍しいことでもあり、「献身的な医師と理解ある行政首長との組合せに拠って維持されてきた体制」とも言えるのです。
このO村に平成の大合併が迫ってきました。隣のS町・N村との合併により、人口は3倍になり、きめ細かな対応は難しく、確立までに10年の歳月を擁することとなるでしょう。
O村以外にも合併の波に洗われた村があり、K村はN市と合併の診療所は支所になり、昭和の合併以来の統合を進め、診療所数は1/4弱になりました。
Y村は、村の文化を大事にしたいと村人の自主路線を大事に合併回避を選んだが、数年後の沈静化を憂えています。
S村では反対に住民がサービスの支え手として活躍しています。「雪害サービス員」「下駄履きヘルパー」等住民自ら福祉の担い手となって活性化しています。
0村も合併期限が2005年と迫った中、診療所の民営を訴えましたが、公務員の生活安定を願った住民とスタッフは、飛び込んで行く勇気や踏ん切りも持てず、先送りとなったのです。
理想に挫折して故郷に帰るI医師。合併後の地域医療には(行政マンとして)責任が持てないとして村を去ることとなりました。最後まで医師を慕う村人でしたが、医師も悩みながら信念を貫く結果となりました。
全国を揺るがした「平成の大合併」。地域再編の下、数多くの小村が消えていきました。I医師のような存在がこの国の何処かで活躍していることを願っています。
(取締役社長 冨田 一栄)
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